長崎県佐世保市で税理士事務所をしております西村浩太郎です。
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特例事業承継税制について考える
この20年間で中小企業経営者の年齢層の山(一番多い年齢層)は47歳から66歳に移動したそうです。 これは中小企業全体において、新規の開業者が少なく、新陳代謝(若手が台頭し、ベテランが徐々に退場していく)が進まないまま20年間が経ってしまったことを意味します。中小企業の事業承継が進まない理由は様々です。例えば、産業構造の変化で、 親の世代では優良な事業分野であったものが現在では後発の国にスライドして(雁行形態論)後継ぎする魅力がなくなった。 また例えば金融承継問題として、会社の借金の保証人(又は連帯債務者)として事実上後継者個人も借入金を引き継がなければならない等々。
そのような中小企業の事業承継が進まない理由の一つに株式の所有問題があります。
教科書的に言えば、株式会社では所有(=株主)と経営(者)は分離するはずですが、中小企業においてはそのようになっていません。 所有(=株主)=支配力=経営者です。日本では小さな事業に他人が投資をするという土壌はありません。いや、どこの国でも中小企業のうちは同じような状況でしょうか。 他の国のことは定かではありませんが、日本では中小企業の資金調達はほとんど個人保証付きの銀行借入れに依存しています。 保全がしっかりしているということは、融資を通りやすくするでしょうし、大きな視野でみれば金融システムの安定に資しているという側面もありますが、今回のテーマではありませんのでその功罪にはふれません。 いずれにしても事業を承継するときには企業と運命共同体である所有者(オーナー)で、かつ経営者も兼ねている者にしかなかなか連帯して企業債務の負担はできず、結果、株式(会社所有)も引継ぐ必要性がでてきます。
しかし引継ぎをすると税の問題が発生します。
非上場株式は証券取引所で売買することはできません。 相対取引で売買ができないわけではありませんが、その場合には議決権の大半を譲渡するような事業譲渡になってしまいます。 資金化できない株式を小口で買いたい人は誰もいないからです。 もし有償で会社譲渡ができれば、譲渡代金から税を払えば何も問題ありません。 でも最初に述べた理由等から、他人に有償で事業譲渡ができる会社はほんの一握りでしょう。 ほとんどの場合は親族内の事業承継にならざるを得ません。 だからと言って株式に価値が無いわけではありません。 会社を清算し、会社が所有する全ての財産を処分して、会社の借金を返済し終わった残りの財産(残余財産)は、株主に対してその所有する割合に応じて分配されます。 価値のある財産の贈与を受ければ贈与税、 所有者の死亡を起因として譲りければ相続税の課税対象になります。 このように会社を閉じなければ資金化ができないような財産について、所有を移転するときに税を課税されると事業承継には大きな妨げになります。 それは内部留保が大きい(会社を清算すればたくさんの残余財産が残るような)健全な中小企業であればあるほど株式の評価額が高くなり、つまり税が高くなり、株式の移動が困難になる厄介な財産となります。そこで大株主が持つ株式の移動(所有の移動⇨会社支配の移動⇨会社の経営権の移動)を税の観点から容易するために考えられたのが特例事業承継税制だと考えられます。 以下続く
特例事業承継税制は、読んで字のごとく、もとからある事業承継税制の「特例」で、期間制限のある措置です。 恒久制度である事業承継制度は、特例と似たような制度ですが、軽減される額が相続等な場合には最高53%程度、贈与の場合には66%程度であり、その割には手続きが複雑で、特例の取消を受けた場合のリスクも大きいのであまり利用が進みませんでした。これに対して特例は、贈与、相続等で移動するすべての株式とその全評価額が対象となりましたので、経済関係の新聞や雑誌等でも取り上げられて注目されるところとなりました。
特例制度は、令和5年3月までに事業承継計画を作成し都道府県知事から確認を受けた後、令和9年12月までに行った贈与又は相続等が対象になります。贈与は別にして、そんなに都合よく相続が生じるわけない、人の不幸に期限を切る訳にはいかないので、期限までに特例贈与を行えば、期限後に生じた相続等について相続税の特例に切り替えることができます。 余命宣告を受けている場合等を除いて、この制度は相続税の特例制度を受ける前段階として贈与税の特例を受ける場合が大半になるのではないかと思います。
この特例制度を受けるためには、特例贈与者(先代経営者)は代表権を有しないこととしなければならないし、受贈者(後継者)は代表者でなければなりません。また、後継者とその同族関係者を合わせて議決権の50%超を有し、かつ、その中で後継者は筆頭株主でなければならない等の細かな適用要件を満たさなければなりません。
このように適用要件を満たすことを前提として、事業承継計画を作成し、その認定を受け、実際の贈与の実行。 そしてその後は都道府県、税務署へ定期的な報告義務を負う等、様々な面倒な手続きを行う事となります。 ただそれは税理士のサポートを受ければ出来ないことではありませんし、今回はその適用時の手続きについて詳細な説明を行うことを目的とはしていません。
この特例制度で一番留意しなければならないのは、株の贈与又は相続等に係る贈与税、相続税は、免除されるのではなく納税を「猶予」されるものだということにあります。
特定の事由に該当した場合には、猶予は取消されて本来納めるべき税に利子税を加算して納税しなければなりません。 課税が消えて無くなったのではなく、課税はされているけど納税の保留状態がずっと続くという風に考えた方がいいかもしれません。 この「納税猶予」の状態は、一定期間事業を継続すれば免除になるというものではなく、10年、20年、30年以上と続く可能性があるものです。
今回は、この特例を受けた後の行く末、顛末はどうなるのかを考えてみたいと思います。
一般的に想定しうるパターンとして以下を考えてみます。
②贈与者(先代経営者)が受贈者(2代目経営者)より先に死亡した場合
③贈与者(先代経営者)より先に受贈者(2代目経営者)が死亡した場合
④贈与者(先代経営者)が死亡する前に受贈者(2代目経営者)が次の後継者(3代目経営者)に特例受贈非上場株式等を再贈与した場合。
⑤後継者が代表者ではなくなったり、同族関係者の有する議決権が50%以下になった場合
以下順次簡単に内容を確認していきましょう。
①定期的な報告等をしなかった場合 特例事業承継税制の適用を受けるためには、先ず令和5年3月までに事業承継計画を作成して都道府県知事から確認を受けなければなりません。 その後令和9年12月までに贈与を行わなければなりません。 その贈与に係る贈与税の申告期限の翌日から5年間(これを特例経営贈与承継期間をいう。以下同じ)は、都道府県と税務署に毎年、その後は3年毎に税務署に状況の報告をしなければなりません。この報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には猶予が取消されます。
②贈与者(先代経営者)が受贈者(2代目経営者)より先に死亡した場合 年齢の順番に相続が発生するとしたら、これが一番想定されるパターンでしょう。
受贈者(2代目経営者)は、猶予されていた贈与税を免除されます。 そして同時に贈与を受けていた株式は、相続により取得したものとみなされて相続税の対象になります。 その際、そのまま相続税を納めるか、特例事業承継税制の適用を受けて相続税の納税猶予に切り替えるかを選択することができます。 一般的な感覚では、贈与を受けたら贈与税が課税される。その贈与税を払わないでよいのであれば、その株式は、その後は自分のもの。 先の贈与者が亡くなったとしてもその時にはすでに自分のものだから相続税は関係ないと考えがちですがそうではありません。 相続税と贈与税では計算の体系が異なりますので納税額は変わります。 しかしこの制度では贈与が相続に代わって課税が継続します。
③贈与者(先代経営者)より先に受贈者(2代目経営者)が死亡した場合 受贈者(2代目経営者)が受けていた贈与税猶予額が免除されます。 そして2代目経営者が所有している株式を含む遺産について、その相続人に対して相続税が課税されます。 令和9年3月31日までの2代目経営者の相続は、要件を満たせば特例措置の納税猶予の適用が可能です。令和9年4月1日以降の2代目経営者の相続は、要件を満たせば一般措置の納税猶予の適用可能が可能です。 このケースでは、株の所有が初代経営者⇨2代目経営者⇨3代目経営者と2回移転しますが、結果的に2代目経営者の贈与税が免除されますので、税を1世代飛ばしたということにはなると考えます。
④贈与者(先代経営者)が死亡する前に受贈者(2代目経営者)が次の後継者(3代目経営者)に特例受贈非上場株式等を再贈与した場合。
すでに孫の代まで事業にかかわっている場合にはこのパターンも想定の範囲になります。 3代目経営者が贈与税の納税猶予制度の適用を受ければ、2代目経営者の納税猶予税額は免除されます。 但し3代目経営者が、贈与税の納税猶予制度の適用を受けても、特例経営贈与承継期間が経過しない間の再贈与は、2代目経営者の納税猶予税額は免除されません。(特例経営贈与承継期間内に2代目経営者が身体障碍者手帳の交付を受けたなどやむを得ない理由により代表権を有しないこととなった場合には免除される場合があります)
再贈与の後に初代経営者が死亡すれば、3代目経営者の贈与税猶予額は免除され、再贈与を受けた株式は、初代経営者から相続により取得したものとみなされて、相続税の納税義務が発生します。 この場合も、税が一世代飛び越えたということができるると考えます。 3代目経営者は相続税の納税猶予制度を選択することが可能となります。
⑤後継者が代表者ではなくなったり(やむを得ない理由がある場合を除く)、同族関係者間の筆頭株主でなくなったり、同族関係者の有する議決権の合計額が50%以下になった場合 特例経営贈与承継期間内に上記事由に該当すれば、贈与税納税猶予が取り消されます。 特例経営贈与承継期間経過後であれば、猶予の取消事由には該当しません。 経営を2代目に任せたもののうまくいかないから、先代に代表権を戻すとか、他の子供が代表者になるということは慎重にしなければなりません。 また複数の親族で50%を超える株式を保有する場合は、後継者以外の親族が株式を第三者に売却することにより形式基準を満たさなくなり取消事由が発生することがありますので、後継者は不測の事態が起こらないように事前に株の買い集めをしなければならないかもしれません。
⑥後継者が株式を譲渡、贈与した場合 特例経営贈与承継期間内に1株でも譲渡、贈与したら全ての猶予が取消されます。
特例経営贈与承継期間後であれば、納税猶予を受けていた贈与税のうち、譲渡や贈与した株式に対応する部分の税の猶予が取り消され納税しなければなりません。 特例経営贈与承継期間経過後に、同族関係者以外の1人に全ての株式を一括譲渡した場合は、その譲渡対価の額(その対価の額が譲渡等があった時の時価相当額を下回る場合は時価相当額)が猶予税額を下回る場合には、その下回る額に相当する贈与税を免除されます。(注 譲渡の日前5年以内に後継者及びその生計を一にする親族が受けた配当金、損金不算入役員給与がある場合のその額は免除されません)
もし特例経営贈与承継期間経過後に事業継続が困難な一定の事由が生じたことにより全部又は一部を譲渡や贈与した場合は、その対価の額を基にしてその時点で贈与税を再計算して、当初税額を下回ることとなった場合にはその差額相当額は免除されます。(注 評価額の2分の1以下の譲渡の場合には段階的な免除になります) これらの免除を受けるためには申請をして認められなければなりません。 上記は、猶予されていた贈与税の扱いの問題ですが、もし株式の譲渡益が生じる場合には譲渡所得に係る所得税も納税しなければなりません。 贈与の場合には先代経営者の株式の取得価額を引き継ぎますので、受贈時の評価額より低い譲渡価格でも譲渡益が生じる場合があります。
以下続く
⑦会社を解散した場合 特例経営贈与承継期間内に解散した場合は、納税猶予は取り消され全額を納税しなければなりません。 特例経営贈与承継期間経過後に事業継続が困難な事由が生じたことにより解散した場合は、その時点で株式の再評価をし、贈与税を再計算して、当初税額を下回ることとなった場合にはその差額相当額は免除されます。
⑧会社が破産した場合猶予額の全額が免除されます。(注 破産の日前5年以内に後継者及びその生計を一にする親族が受けた配当金、損金不算入役員給与がある場合のその額は免除されません)
⑨資産保有会社、資産運用会社に該当することとなった場合 資産保有会社とは、会社の総資産のうち、特定資産(現預金、同族関係者に対する貸付金、貸付や有休不動産、有価証券等々)の占める割合が70%以上の会社をいいます。 資産運用会社とは、特定資産の運用収入がその会社の総収入の70%以上を占める会社をいいます。 大雑把に言えば、実業の実態が小さく、主にインカムやキャピタルゲインを目的とする会社となった場合には猶予は取り消されるということだと思います。 但し、資産保有会社、資産運用会社に該当することとなったとしても、実業の実態があると認められる一定の要件を満たせば、該当しないものとみなされる場合があります。
⑩合併した場合 特例経営贈与承継期間内に合併(適格合併を除く)により消滅した場合は、猶予が取消され納税をしなければなりません。 特例経営贈与承継期間経過後の合併により消滅した場合は、合併対価の額(その対価の額が合併があった時の時価相当額を下回る場合は時価相当額)が猶予税額を下回る場合には、その下回る額に相当する贈与税を免除されます。(注 合併の日前5年以内に後継者及びその生計を一にする親族が受けた配当金、損金不算入役員給与がある場合のその額は免除されません) 特例経営贈与承継期間経過後に事業継続が困難な事由が生じたことにより合併により消滅した場合は、その時点で株式の再評価をし、贈与税を再計算して、当初税額を下回ることとなった場合にはその差額相当額は免除されます。(注 評価額の2分の1以下の合併の場合には段階的な免除になります)
⑪黄金株を所有するということは、株式の議決権数にかかわらず株主総会の決議を拒否できる強力な権限を持つということを意味します。もし後継者以外の者(例えば先代経営者)がこれを持っているとすれば、後継者は経営を自由に行う事はできないでしょう。 また先代経営者が例えば複代表制等で代表者に復権したり、後継者の有する株式の議決権を制限するような行為をした場合にも同じことが言えます。このような事由が特例経営贈与承継期間内に生じた場合には、贈与税の納税猶予は取り消されます。
上記以外にも雇用を80%以上維持しなければならない(努力と報告義務)とか、合併以外の組織再編を行った場合にも一定の事由により取消がなされる場合があります。
以上、できるだけわかりやすく説明を試みたつもりでも相当に複雑です。 本特例制度は、中小企業の事業を継続させることを目的としているようです。 事業引継ぎを行いやすくすることは、その手段であり目的ではありません。 ですから事業継続という目的をなくした場合には猶予は取り消されるということではないでしょうか。 「納税猶予を受けた限り、最後まで事業を継続してください。やむを得ない事情がある場合には一定の軽減は認めます。」というもののようです。
以下続く
贈与を起点とした贈与税の特例事業承継制度と相続を起点とした相続税の特例事業承継制度、この二つの制度において取消事由は多くの部分で共通しています。
将来、相続税の特例事業承継制度を利用したいと考えるなら、令和5年3月までに事業承継計画を作成し、都道府県知事から確認を受けなければなりません。 そして令和9年12月までに贈与をして贈与税の特例事業承継制度を受けておいて、将来の初代経営者の相続の時に相続税の特例制度に切り替える。 そのような手続きの流れになります。 特例贈与のみを受けて、相続時は特例を受けず普通に納税することもできます。 また計画のみ確認を受けておいて、実際には制度を利用しないこともできます。
何回かに分けて猶予税額の取消事由についてみてきましたが、猶予を受けていた税の全部また一部でも免除を受けられる場合というのは非常に限られています。 完全に免除を受ける(結果として一世代分税を払わないこととなる)のは、受贈者(2代目経営者)が死亡するか、首尾よく3代目経営者に事業のバトンタッチをするか、若しくは会社が倒産するかぐらいでしょうか。 少なくとも特例を受けた2代目経営者は、会社が健全な状態の時に会社を清算して個人に財産を残すというのは特例制度の趣旨に合いませんので、そのような場合には猶予税に利息を含めて払うということになりそうです。 例えばもしこの制度が農地の係る相続税の納税猶予制度と同じように、納税猶予を受けた後20年間農業を継続したら猶予税を免除するというような制度であれば、もっと利用が進むのではないかと考えます。 しかしそうはなっていません。 会社を継続していくかぎり、絶えず猶予の取消事由に該当しないかどうかを注意しなければなりません。 永い間には、当初担当した税理士が死亡する場合もあるでしょうし、関与を外れる場合もあります。 もちろん取消事由自体を税理士がコントロールすることはできません。 取消事由は、原則として、一度でもそれに該当すれば取消が確定し、一定期間内に解消されれば回復するというものではないようです。
経営者の皆さん自身が制度をよく理解し、その次の3代目経営者に株式を渡すまで税の猶予を受けていることを忘れることなく事業を継続し、取消事由を管理していく必要があります。 このように税を不安定な状態で何十年も維持することになりかねない制度は、私は、あまりお勧めできるものではありません。 できることなら納税をして自由な状態で経営をされる方が良いのではないかと考えます。 しかし会社の株価があまりにも高額になりすぎて、かつ納税のための資金が工面できない場合、そして一番重要なこと、会社自身で取消事由を管理していくことが可能であれば、この猶予を検討する価値があるかもしれません。 この稿終わり
※本稿における特例事業承継制度の説明は、起こりうる場合について一般的な解説をしたものです。 制度を網羅的に解説したものではありませんので、実際に適用を受ける場合には担当税理士とよくご相談ください。